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『暮しの手帖』歴代編集長一覧!花森安治や松浦弥太郎の交代真相と現在

早瀬 拓也 早瀬 拓也 • 更新: • 公開: • 読了約 10 分
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1948年の創刊以来、70年以上にわたって一度も企業広告を掲載せず、読者の目線に寄り添い続けてきた生活総合誌『暮しの手帖』。大橋鎭子と花森安治の手によって産声を上げた同誌は、戦後日本の暮らしを根底から支え、時代ごとに独自の哲学を持つ編集長たちがその舵を取ってきました。

伝説のカリスマである初代・花森安治から、大胆なリニューアルで部数をV字回復させた松浦弥太郎、そして生え抜きとして現代の誌面を率いる北川史織まで、歴代編集長はいかなる信念を持ってバトンをつないできたのでしょうか。交代の背景にあるドラマや独自の編集方針、知られざる舞台裏を徹底検証します。

【一覧表】『暮しの手帖』歴代編集長の変遷と時代ごとの特徴

暮しの手帖編集長

『暮しの手帖』は、時代ごとの社会情勢や生活様式の変化にしなやかに適応しながら、これまでに9代の編集長がタクトを振ってきました。まずはその変遷を一覧で振り返ります。

代 氏名 在任期間 主な功績・特徴
初代 花森安治 1948年〜1978年 創刊編集長。「商品テスト」導入、表紙画やレイアウトを一手に担う
第2代 大橋鎭子 1978年〜1993年 創業者・社長と兼任。花森急逝後の屋台骨を支え世界観を守り抜く
第3代 横山泰子 1993年〜1997年 社内生え抜きとして伝統を継承
第4代 久住久 1997年〜2000年 生活実用情報の整理と堅実な編集体制の構築
第5代 二瓶由里 2000年〜2004年 女性目線での食や暮らしの特集を強化
第6代 島崎弘 2004年〜2006年 過渡期の編集部を統括
第7代 松浦弥太郎 2006年〜2015年 外部から招聘。デザイン一新と「丁寧な暮らし」ブームを牽引
第8代 澤田康彦 2015年〜2019年 文芸・エッセイ要素を深め、読者との情緒的な結びつきを強化
第9代 北川史織 2019年〜現職 生え抜き編集長。料理・手芸など日常の実用性に磨きをかける

創刊から30年間にわたり君臨した花森安治の時代、その精神を守り続けた大橋鎭子体制、外部の風を吹き込んで再生を果たした松浦弥太郎の時代、そして再び現場を知り尽くした生え抜きが率いる現在へと、同誌の歴史はまさに「伝統と革新のせめぎ合い」そのものです。

伝説の初代・花森安治の経歴と「商品テスト」に込めた鬼気迫る信念

『暮しの手帖』を語る上で欠かせないのが、初代編集長・花森安治の存在です。1911年に神戸で生まれた花森は、旧制松江高等学校を経て東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業。戦時中は大政翼賛会の宣伝部に身を置き、国策標語の作成などに関わりました。

しかし、敗戦を機に「無謀な戦争を防げなかったのは、国民一人ひとりの暮らしが貧しく、自分の頭で考える習慣がなかったからだ」と痛恨の悔悟を抱きます。二度と国民を欺かない、庶民のささやかな日常を守る盾となる雑誌を作りたい――その熱い想いに共鳴したのが、後に『とと姉ちゃん』のモチーフとなった大橋鎭子でした。二人は1948年に「暮しの手帖社」(当初は衣装研究所)を立ち上げます。

花森が誌面で展開した最大の武器が、1954年から本格化した商品テストの歴史です。メーカーからの広告を一切断り、自費で市販品を買い集め、壊れるまで使い倒す。例えば、電気トースターのテストでは4万枚以上の食パンを焼き続け、石油ストーブのテストでは実際に火災の危険がないかを極限まで検証しました。広告収入に依存しないからこそ書けた辛口かつ客観的な評価は、消費者の絶大な信頼を獲得し、日本企業の品質向上にも決定的な影響を与えたのです。

松浦弥太郎がもたらした大改革と交代理由の真相

花森の没後、読者の高齢化とともに部数の漸減に悩んでいた『暮しの手帖』に、2006年秋、激震が走ります。セレクト古書店「COW BOOKS」の主宰であり、文筆家としても人気を集めていた松浦弥太郎が第7代編集長に抜擢されたのです。生え抜きではない外部クリエイターの登用は、同誌の歴史において極めて異例の人事でした。

松浦は花森の基本理念である「暮らしを大切にする」という軸を死守しつつ、判型を大きくし、写真のクオリティを高め、レイアウトを現代的に刷新。「今日もていねいに」というメッセージを打ち出し、30〜40代の新しい読者層や男性ファンの獲得に成功します。低迷していた発行部数は瞬く間にV字回復を遂げました。

それだけに、2015年に発表された電撃退任は出版界に大きな驚きを与えました。この交代理由の真相について、松浦自身は「50歳という節目を前に、次の世代へバトンを渡し、自分自身も新たな挑戦へと踏み出すため」と語っています。約9年間編集長を務め、役目を果たしたという潔い決断でした。

松浦弥太郎の現在は、Webメディア「くらしのきほん」の立ち上げや、食と医療をつなぐヘルスケアベンチャーの役員、さらには数々のベストセラー書籍の執筆など、雑誌の枠を超えて「生活の知恵」を発信し続けています。

澤田康彦から北川史織へ|現在の編集長と受け継がれる編集方針

松浦の後任として第8代編集長に就いたのは、映画雑誌や『月刊カドカワ』などで名編集者として知られた澤田康彦でした。澤田は松浦が整えたモダンな誌面に、作家や文化人との豊かな対話、読者投稿にじっくり耳を傾ける文芸的なぬくもりを注入しました。

そして2019年秋、通巻100号の節目を機に第9代編集長に就任したのが、現在の編集長である北川史織です。北川は暮しの手帖社に入社以来、料理、住まい、手芸などの現場を一筋に担当してきた生え抜きの編集者です。

北川体制の特徴は、「いまを生きる人々のリアルな困りごと」に徹底して応える実用性の高さにあります。忙しい現代人が無理なく作れる滋味深いレシピや、限られた住空間を快適に保つ知恵など、地に足のついた企画が目立ちます。花森が掲げた「生活者の味方であること」という原点に、現代的な優しさを加えてアップデートを重ねています。

なぜ愛され続けるのか?『暮しの手帖』独自の編集方針と評判

WebメディアやSNSが普及した現在においても、『暮しの手帖』が根強い支持を集め続ける背景には、他誌には真似できない独自の編集方針があります。

  • 全ページ「広告非掲載」の貫徹:創刊以来守り続ける完全な独立性により、企業への忖度が一切存在しない信頼感を維持。
  • 徹底的な現場検証とレシピ試作:掲載される料理レシピは、編集部内のキッチンで何度も試作され、誰が作っても同じ味に仕上がるよう手順が磨き抜かれている。
  • 分かりやすく簡潔な日本語の追求:花森安治の「誰にでも読める言葉で書く」という教えを守り、平易で美しい文章作法を徹底。

読者からの編集方針に対する評判も極めて高く、「情報の波に疲れたとき、ページをめくると心が整う」「実用書として何年経っても手元に残しておきたい」といった声が数多く寄せられています。単なるトレンド情報誌ではなく、時代に流されない生活の知恵袋として確固たる地位を築いています。

【暮しの手帖 編集長】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:『暮しの手帖』の現在の編集長は誰ですか?
A1:2019年9月(第4世紀100号)より、暮しの手帖社生え抜きの編集者である北川史織が第9代編集長を務めています。

Q2:松浦弥太郎さんが編集長を交代した本当の理由は何ですか?
A2:就任から約9年が経過し、雑誌の再生というミッションを完遂したこと、そして50歳という自身の人生の節目に新しい挑戦(デジタルメディアの立ち上げ等)を行うため、自ら次の世代へバトンタッチを行いました。

Q3:NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の花森安治役は誰でしたか?
A3:2016年度前期の朝ドラ『とと姉ちゃん』では、花森安治をモデルにした「花山伊佐次」役を俳優の唐沢寿明さんが演じ、大橋鎭子をモデルにしたヒロイン・小橋常子(高畑充希さん)との名コンビが大きな話題となりました。

Q4:現在も企業広告は掲載していないのですか?
A4:はい、現在も創刊時からの編集方針を頑なに守り、タイアップ記事や企業広告は一切掲載していません。読者の購読料のみで制作する独立したジャーナリズムを貫いています。

まとめ:時代を超えて継承される「美しい暮らし」の羅針盤

『暮しの手帖』の歴史を紐解くと、それは花森安治という巨星が遺した崇高な理念を、時代ごとの編集長たちが自らの感性で磨き直してきた軌跡であることが分かります。

激動の昭和を支えた花森安治、平成の危機を救った松浦弥太郎、そして令和の日常に寄り添う北川史織。トップの顔ぶれや誌面デザインが変わろうとも、「庶民の暮らしを守り、励ます」という魂は寸分も揺らいでいません。情報が氾濫する今だからこそ、手触りのある確かな言葉と知恵を届けてくれるこの一冊は、これからも私たちの日常を静かに照らし続けてくれるはずです。

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早瀬 拓也
デジタルマーケター 早瀬 拓也
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